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遵義茅台 【上海の街角で 井上邦久】vol9 (読む時間:約3分半) 2015.07.13


延安西路の国際貿易中心付近を走る道路の一つに遵義路があります。この道を歩くたびに、瑞金から延安に到る共産党の大長征を思い出します。国民党の攻勢で江西省井岡山・瑞金拠点を放棄した共産党は西北の延安拠点へ大移動しました。その途上、1935年1月に貴州省遵義で開かれ、毛沢東が権力を握ったとされる、いわゆる「遵義会議」にちなんだ路の名前であろうことを思い起こします。初期共産党指導部のソ連・日本留学派、都市工人派(先月の拙文『子夜』で綴った世界もその流れの李立三コース?)主導から「農村から都市を包囲する」方針の毛沢東にヘゲモニーの移動が為された、重要な会議とされています。不倒翁の周恩来が巧みに毛沢東を立てたという説もあります。


6月16日、その遵義を習近平主席が訪問したとのこと。汚職などの罪で無期懲役の判決を周永康(大虎とも称され。即席ラーメンの「康師傳」が隠語にされた時期もありました。裁判での白髪が印象的でした)に下した直後に毛沢東ゆかりの土地を訪ねることで、権力掌握を誇示する狙いがありそうだとの記事でした。


同じ紙面に、貴州省仁懐市茅台鎮の茅台酒会社が自社栽培のブルーベリーを原料にした酒の製造、販売を行う新会社を設立したとの小さな報道がありました。消費が減っている白酒を補う事業として育てるとのこと。白酒の需要減は、短期的には汚職・浪費への制裁政策が大きな理由ですが、習主席にクレームするわけにもいかず辛いところでしょう。ただ、長期的視点で分析すると、白酒を好んだ老朋友の世代が歳を拾って高血圧や糖尿病の医者や家族からの制裁を受けているのも確かです。他にも自家用車族が増えているとか(飲酒運転の制裁が以前は厳しくなかった)、ライト嗜好の若い世代には白酒は古臭いイメージで好まれないとかの複合的な理由が考えられます。


1989年から1992年、青島に駐在した時には青島ビールをチェイサーにして白酒を半斤だけ呑んで他の酒には手を出しませんでした。盟友の紅星化工集団の姜総経理とは特によく呑みました。春節初一の朝から、自宅に乗り込んでお宝の貴州茅台酒と重慶五糧液の二大銘酒を飾り棚から下ろし、年賀挨拶に来る工場幹部や親戚友人への対応をビールでしながら、銘酒は意地汚く二人だけで呑みます。機嫌よくツマミや料理を準備してくれていた奥さんも、昼下がりの白酒がほぼなくなる頃には、さすがに湖南女性の「辣」気質が表面化して、「井上先生!いい加減に社宅に帰りなさい」と厳しいお達し。 それも当然で、前の晩の大晦日(除夕)は姜さんの実家で両親・妹さん達一家が揃っての大団円。紅白歌合戦を聴きながら、餃子作りに女性達が精を出している頃、姜さんと二人で集団の工場を巡り、現場で年越しをする工人たちへの慰問と感謝を伝えます。家に戻り、冷え切った身体を温めるには餃子だけでは足らず、白酒補給が必要だという大義名分は年越しの夜には許されていましたが、初一の午後には有効期限も切れるのは当然でした。


その後、青島での製造維持ではコスト競争力が減ってきて、公害反対運動も散発するようになりました。そこで、重慶の銅梁県で炭酸ストロンチウム工場を、貴州の鎮寧県では炭酸バリウム工場を合弁で新設しました。それぞれの原料となる天青石や重晶石が豊かな土地を選んだのであり、誓って二大銘酒の産地を選んだわけではありません。ただ、工場建設段階では、寒さと寂しさを癒す為に白酒は欠かせないものでしたが、偽物の心配のない安価な酒を呑んだものです。


上海では、淡白な本帮菜の味に適う黄酒(上海老酒。水郷楓涇で製造)の『石庫門』黒ラベルを飲み続けてきました。ところが古北路の社宅に馴染んできた頃、隣家の主人が青島人であることが分かりました。節季のお祝いの食事に招いてくれるようになり、ヨガや車の運転の上手な安徽省出身の奥さんは、料理にあまり関心がないこともあり、お手伝いさんが作る山東風の料理がよく供されました。山東省から両親や親戚が上海にやって来るときには当然白酒持参なので、自然に白酒と餃子の世界が再現されます。歩いても這っても帰宅まで10メートルなので安心して痛飲となります。


時には茅台酒も飲ませてもらう隣人と長年暮らしてきたアパートの裏側には、スーパーAPITAが出来て便利になりました。遠くない将来にAPITAの裏のアパートですね、と言われそうです。そして、古北路から右に曲がるAPITAへの道、その道の名前が茅台路であることに改めて気付き、ご縁を感じました。                 (了)


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