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禁じられた遊び 【上海の街角で 井上邦久】vol17 (読む時間:約4分半) 2016.03.22


虹橋公園の梅は早々に開花し、柳は印象派のタッチで緑の点描を宿しつつも、未だ寒気の残っていた元宵節も続いて静かな夜となりました。


すっかり春めいた今となっては、春節の爆竹花火禁止の話題も旧聞に属していることでしょう。それにつけても今回の爆竹花火の取締まりは大掛かりだったと思います。


杜甫の名詩「烽火三月に連なり」をもじれば、煙火禁止のお触れの横断幕は、「黄幕二月に連なり」という感じで、陽暦の1月から2月にかけて上海の街角の至る処に掲げられていました。個人の携帯電話にも禁止指示が届き、爆竹花火を供給する側への規制も厳しくなされたようです。確かに売人がいなければ買人は存在し得ないのは単純な道理です。 そして、実に静かな上海の春節となりました。


人によって爆竹の轟音の凄まじさは、あるいは砲弾のように、あるいはトタン屋根を叩くようにと表現され、とても安眠妨害といった生易しさではありませんでした。静かな今年が異常事態だったと判断し、さぞや庶民には欲求不満が溜まっているだろうなあと推測していました。ところが「空気汚染防止の為だから悪くないと思うよ」とか「まあ、爆竹がなくても特段の問題はないよ」といった一見冷静な声が多く聞こえました。古くから静安区(閘北と合併する前からの旧市街)に生まれ育った上海っ子から、「やはり爆竹を聞かないと寂しい」という少数派メールが届いたのが印象に残るくらいでした。


そして大連出身の友人が「ビックリ、ポン!」とは言わないまでも、「まさか上海人がここまでやすやすと指示に従って爆竹を我慢するとは!?」と法令順守を旨とする法曹界で働く人とは思えない「?」を連発していたことでようやく我が意を得ました。上海人の従順さを意外に感じる人が居たことで安心をするというのも失礼なことかも知れませんが。


若い頃に黒鉛の取引過程で、アモルファス(AMORPHOUS)という言葉を学びました。中国語では「不定形」と訳され、辞書的には「非晶質」と呼ばれ、曰く、結晶のように長距離秩序はないが、短距離秩序はある物質の状態。これは熱力学的には、非平衡な準安定状態である・・・難しい物理学的解釈は後回しにして、このアモルファスという概念は当時(1978年改革開放政策の開始直後)の中国を表す適切な言葉ではないか、と感じたことを思い出します。多くのことが未整備で、有体に言えば「いい加減」、身も蓋もない言い方では「我説的話就算」(戦後間もない頃のプロ野球、二出川審判部長の明言「私がルールブックだ」を思い出します)。そして少し洒落た流行語では「上有政策、下有対策」。そんな時代でした。  カオスとか混沌というほど無茶苦茶ではなく、一定の秩序があるけれど、個別主義が横行し、解釈通が重宝される・・・それなりに面白い状態でした。そんな変化に富んだ中で応用問題を解いていくには「ヤンチャな大人」が必要だと思いました。四角四面の形式主義ではなく、柔軟で大まかな姿勢を「ヤンチャ」という言葉に託し、それでいて、しっかり基本技と理念を心得た判断が出来ることを「大人」と称しました。


例えを挙げれば、2008年前後に日経新聞朝刊に連載された高樹のぶ子の『甘苦上海』の世界。同時代の上海の風俗や気分を具体的な街角を背景に活写した小説でした。登場する女も男も「ヤンチャ」に酒と薔薇の日々を過ごしていました。杜月笙の主席公館跡を改装したホテルでの逢引、未整備だった田子坊に潜む謎の少数民族との交渉などなどスリリングでした。ただ、時代と併走する小説の弱みはリーマンショックのような急変を予測できずに急成長が続くことを想定していたこと、そして中国だけが経済停滞からV字回復することは更に予想できず、小説世界に急ブレーキをかけたことでした。小説内での助演男優賞的存在の「関西系中堅商社総代表の松本」が日本への転任を命じられ、主人公の紅子マダムに「日本ではこちらのような訳にはいかない。日本は公序良俗が建前の社会だから」といったニュアンスを伝えるシーンに「ヤンチャ」な男の「大人」の部分を感じたことを思い出します。


そんな昔の思い込みや刷り込みがあって、今回の爆竹花火規制に対しても、「ヤンチャな大人」の上海人が様々な工夫をして、お上の鼻をあかすのではないか?と想像し、一面では期待もしていたのでした。しかし古い帽子を被った日本人や大連人と異なり、上海人はすでに「ヤンチャ」を卒業していたのかも知れません。


十五夜満月の元宵節で春節の区切りをつけて、婦女節も過ぎた頃、ある上海人から爆竹花火規制について「今回のお上からの『信号』はきつかった。軽はずみなことをしでかして、罰金や拘留くらいならまだいい。しかし『言うことを聴かない奴』としてブラックリストに載せられたら大変。例えば、海外渡航を制限されるとか、銀行融資を拒否されるなどの社会的経済的制裁が怖い」と自己規制の背景を滲ませてくれました。春節という開放感に満みちるべき季節にしては閉塞感を感じる言葉でした。


事実は果たしてどうでしょうか?純粋に空気汚染防止目的かも知れません。上海人も今や無理に爆竹で悪鬼を追い出す儀式に拘らないのかも知れません。そしてきつい『信号』は単なる被害妄想の思い過ごしかも知れません。ただ、北京からの指示が上海の末端まで及んだのも事実であります。それが核心によって社会の結晶を固定化する動きの一つの試験紙、試金石だったのかも知れません。「真面目な大人」と「ヤンチャな子供」が増える閉塞した空気の中で、烽火(のろし)が三ヶ月も連なることのないように祈ります。 (了)


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