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散歩の会 【上海の街角で 井上邦久】vol20 (読む時間:約4分) 2016.07.04


1930年前後の上海の街を通底するテーマとして、色んな角度から変奏曲まがいの拙文を綴っております。時にお気楽なハ長調、またある時は少し重い気分のニ短調と、気まぐれな内容です。ただ、できるだけ街を歩きながら考えるという姿勢を続けていきたいと思っています。


もうかれこれ25年くらい続いている「茨木土曜クラブ」。茨木市主催の父親学級で一年間をともにした仲間と、自主的な集いや行動をしようということで始まりました。多少の出入りはありますが、20名前後で年6回の活動が継続されています。会員自身による発信を大切にしています(来月には元会長から戦争中の体験報告。昨年8月には、上海から戻って「ほんまはどうやねん?中国!」の定点観測の報告をさせてもらいました)。屋外活動も盛んで、季節に合わせた探索地の選択や事前の下見と味わい深い資料作成をしてもらっています。大阪城などでボランティア活動の経験豊富なIさんや一級建築士のMさんに町歩きの面白さを教わってきました。最近ではMさんが設計した三田市立図書館から三田城址へ。水軍として名を馳せた九鬼氏が山の中でも水練を続けたという堀池、そして九鬼家家臣の白洲家の墓地で白洲次郎・正子の墓を拝んだコースが印象に残っています。また以前に、堺の鉄砲鍛冶町や刃物町を散歩した折に買ったペティナイフは、生涯単身赴任の強い味方になっています。数年前には、茨木から上海まで数名のメンバーが来てくれたので、水郷や上海の下町散歩の案内をして少しだけ恩返しができました。数年前からの課題として、あっという間に四半世紀を経た土曜クラブを土曜日に開催する必要性が乏しくなったことです。


こちらは土曜日開催が原則の「上海歴史散歩の会」の説明は、多くの方には多余的話でしょう。次回の散歩の案内が会員へ一斉配信された数時間後には受付締切りになる状態が多くあるようです。仕事熱心な方々が帰宅してメールチェックをする頃には、案内と締切りの通知を一緒に読むことになり、残念に思うことがあるようです。
今は普通の人が普通の生活を営んでいる場所が、その昔は茶館や青楼であった(福州路散歩)とか、戦前の日本人が建てた日蓮宗の寺であった(虹口散歩)とかの例は枚挙にいとまがないのです。普通の生活空間を多くの散歩者がぞろぞろ覗き歩きをすることは厳に慎むべきであり、やむを得ず参加者人数が絞られることになります。
こちらの会も資料の執筆編集には多大な力が注がれており、専門研究者による書下ろしの松江散歩資料などは白眉でありました。楚国の春申君が上海開発に着手したことに因んで上海の別称が「申」であり、母なる黄浦江は春申君の「黄」姓に由るという解き起こしからの説得力に満ちた解説にうなりました。日本との交流の歴史も深い、寧波そして揚州には一泊バスツアーになりました。


顧問の陳祖恩東華大学教授夫妻にはいつもマクロからミクロへのご指導ご配慮を頂いています。寧波散歩の折には、陳教授に故郷料理の献立を選んで貰い、ご親戚とも交流させて頂くというオマケ付きでした。帰りのバスでは「この散歩の会への中国人の参加者が少ない。中国人はもっと歴史に学ぶべきだ」と真摯に語りかけることを常とされています。
昨年の歴史散歩の会で、上海の民族資本家についての資料準備と講義そして道案内を された上井真さんは既に上海駐在から日本に戻っている方です。事前に資料を拝読していて、民族資本家である栄家一族に触れていることに気付きました。末裔には中国国際信託諮詢公司を創業して国家副主席まで務めた栄毅仁もいる無錫の栄家です。
大学時代に薫陶を受けた中井英樹筑波大学名誉教授の業績の一つは栄家勃興の研究であり、以前に現地調査報告と論文を送って貰っていました。その資料を携えて上井さんに会ったところ「これがオリジナルですか!栄家研究には中井先生の論文が必須なので、あちこち探し、苦労して大阪の図書館で全頁コピーをしました」ということでした。その後、平塚で中井先生と上井さんを引き合わせ、トラック何台分かを処分したあとの資料の山を仕分け、上井さんに整理、分析してもらうという協業の約束ができました。
中井先生の資料は、井上には「猫に小判」。それを上井さんとの「井の字」の御縁が繋がり「瓢箪から駒」の発展系になったのも、「上海歴史散歩の会」の事務局各位のお蔭です。


上井さんは「江戸東京散歩」を始められています。一回目の蔵前辺りの米倉経済の考察散歩には都合がつかずに欠席。二回目の千代田城周りの水都としての江戸の発展(重要な水辺の場所に九鬼家の名前が)を知る散歩には、法事を終えてから参加し、和田倉門から合流させて貰いました。「和田」とは「海」のことと教わりました。確かに「ワタ」「パダ」とくればハングルで「海」「わたつみ」の意味に結び付きます。和田倉門の眼前に日比谷湾の海水をイメージするのが歴史散歩の醍醐味です。建築士のMさんから授かった「五感も六感も働かせながら歩きましょう」の教えの実践でした。(了)


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