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五角場 【上海の街角で 井上邦久】vol25 (読む時間:約3分) 2016.11.23


10月某日、某所にて、上海D大学のC教授からじっくりお話しを聴かせて頂きました。
スターバックスのマグカップを前に置き、雑談をすることを惜しむようにメインテーマを語り合いました。C教授が学会に発表される「大上海計画」についての個人授業という、とても贅沢な時間の始まりでした。
「大上海計画」は、1927年から1937年に南京の国民政府が立てた上海都市現代化を目的とするものであり、その中心理念は民族の発展追求、その核心地域は江湾地区、今の五角場でありました。2010年頃に五角場を歩いたことを思い出しながら地図をたどると、時計回りに淞滬路・翔殷路・黄興路・四平路・邯鄲路の五本の道が形成するペンタゴンの中心が五角場。そして周りには経軸に国政路・国庫路・国和路などの「国」が付く道、横軸には政府路・政治路・政立路などの「政」を冠にする名前の道が沢山あります。2010年当時の政府路などは鄙びた路地のような小路であり、道路名の大きさとのギャップに思わず笑ったこともあります。


 教授の資料によれば、1927年7月に上海特別市政府が成立し、南京とともに中央直轄市になり、同年11月の「大上海計画」設計委員会成立に基づき、市政府大廈(現在の上海体育学院)、スタジアム(現在の江湾体育場)、プール、博物館(現在の長海医院)、図書館(現在の楊浦区図書館)などが1930年前後にかけて陸続として建設されています。


「道路命名には国民政府が重視する用語が採用されています」、「建築物の設計に三か所の窓やアーチが採り入れられているのは、国民党が掲げる三民主義の影響ではないでしょうか?」という五角場散歩の印象記憶からの素朴な質問に、教授は前者の命名の件は間違いない、後者の設計理念は分からないという冷静な回答を為さいました。
「同じ時期に、列強租界地を新設の東南西北の中山路で囲ってその増殖を喰いとめようとした、そしてその囲いの外に自分たちの都心を造ろうとした、それが五角場である、という解釈は正しいのでしょうか?」という質問に、教授は「対、対、対」と力を込めて肯定されました。
更には、その時期の中国経済は地域限定的ながら、高度成長とも言える発展ぶりであり、官僚資本家・民族資本家が力を蓄えつつあったことが、五角場建設などの「大上海計画」の背景にあったことも間違いなさそうです。
また、医療中心やモデル学校設立や全国体育大会の開催など、孫中山が目指した「民生」の具現化とも言える先駆的な試みもあったことを教わりました。
もちろん、明るく輝くばかりではなく負の側面もあったことは事実でしょう。ただ、これまで、1949年の中華人民共和国成立までの負の部分、暗部が強調されすぎていたのではないかと気づきました。
1937年夏の第二次上海事変、そして日本軍部の戦線拡大派の抬頭により「大上海計画」は頓挫。そのまま歴史の遺物のような存在として眠り続けることになり、経済発展、国民教育、民生進歩といった近代中国の夢の実現は立ち消えになりました。
そして今、上海副都心計画の重要拠点として五角場の拡大は凄まじく、商業や文教の核としての存在感を高めているようです。
五角場の鄙びた小路に時代錯誤的な名前が残っていることには、「笑えない」歴史的な背景があることを改めて感じています。C教授の引率で五角場をまた歩きたいと思います。
そんなことをお願いして、冷えた珈琲を飲み干しました。(了)


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