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中国で最も古い石橋と一番長い石橋 【蘇州たより 工藤和直】Vol.35 (読む時間:約3分) 2015.10.21

唐時代、蘇州情景を詠った白居易の漢詩の中に「紅蘭390橋」とあり、宋時代紹定2年(西暦1229年)、文廟にある「平江図」には359の橋が刻まれている。そして2013年に筆者が足で調査するに、蘇州城内には172橋があり、その内現在も宋代から同じ位置に存在が確認できるのは85橋である。残念ながら、多くは明・清そして民国時代に改修が進み、当時の雄姿を今でも残している橋は少ない。


6、7千年前、現在の呉江梅堰龍南当たりの川沿いに原始部落が有り、川沿いに建てられた村間と村間の間に木板を敷いたことで、簡易な橋ができた。これが蘇州で一番古い橋と認定されている。春秋後期(紀元前512年)蘇州城は周囲48里、8陸門・8水門があり、城内には臨頓橋・烏鵲橋・帯城橋・苑橋・憩橋が記録され、その後秦代には昇平橋・織里橋・乗魚橋・剪金橋・呉王橋、漢代には皋(Gao)橋・顧家橋、三国呉時代には市中心部に楽橋が記録されている。


中国に現存する「最も古い石橋」は、河北省石家荘市趙州鎮にある趙州橋(安済橋)、橋長51m(アーチ式)である。隋代大業年間(西暦605~618年)と言えば日本の飛鳥時代であり、小野妹子が遣隋使として朝貢した頃である。もう1400年になろうとしている(写真)。


橋の長さで言えば、宋代西暦1047年木造として創建された呉江市「垂虹橋」は、西暦1325年に全長450mに渡る淅江省最長の石橋(99孔)として再建されたことが記録されている。残念ながら、現在は3つに分断し、最長40~50mとなっている。ここは月の名所でもあり「十里波光連宝帯、一湾月影映垂虹」と詠われている。詩中の宝帯は蘇州呉中の宝帯橋のことである。


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蘇州市呉中区に317mの「宝帯橋」がある(地下鉄2号線宝帯橋南駅から徒歩15分)。又の名を「長橋」とも言う。現存では「中国内最長」であり、蘇州城南東部にある滅渡橋から真南に3km下ったところにある。この橋は元々の目的が道と道をつなぐ2次空間の接合でなく、船を縄で引く労働者のために作った橋であるのが特長である。杭州から嘉興・呉江と北上した大運河は蘇州城東南部3kmの所で、右折すれば上海、左折すれば大運河で蘇州城外寒山寺を通り無錫へ、直進すれば3kmで滅渡橋から蘇州城内に入る事ができる交通の要所にある。長橋と言われるように317m長さで53孔のアーチ式であり、上部は平坦である。創建は唐代元和12年(西暦816年)、蘇州刺史(知事)の王仲舒が宝の帯を売って作ったといわれる。現代の橋は明代正統7年(西暦1442年)に再建されたものである。中国に現存する「一番長い石橋」である。杭州から来た船をただひたすらに北方向に縄で引っ張る労働者の姿を、かの日本から来た遣唐使一行も見たであろう。現代では日中戦争時、日本陸軍の空爆で南6孔が破壊されたと記録がある。この宝帯橋の西、大運河に沿って行くと西塘河があるが、そこにあるのが五龍橋(5孔アーチ式)である。南宋淳煕年間(西暦1174~1185年)創建であり、宋時代の趣がある石橋である。


ちなみに、蘇州内で最も短い橋は、網師園内の引静橋(三歩橋)である。網師園は十全街帯城橋から少し南に入った狭い路地にある(新区から511番バス網師園北下車)。南宋時代史正志侍郎の「万巻堂」に清時代乾隆年間に宋宗元が庭園を造り、自分を漁師になぞらえて“漁隠”の意味で「網師園」と名付けた。1979年、アメリカのニューヨークにある「メトロポリタン芸術博物館」にある庭園は、網師園をモデルにして作られ、その名を海外に馳せた経緯がある。敷地は5500m2と典型的な江南式で非常に小ぶりな庭園であるが、「留園」とともに非常に美しい。この庭園は池を中心に作られ、鏡の如く広がる池に写る月は手に取るが如くで、中秋の夜に一度は訪れたい蘇州庭園の一つである。この池の南東部端に小さな橋がある。これが「三歩橋」である。


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