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梅の香り漂う「光福鎮」を訪ねて 【蘇州たより 工藤和直】Vol.46 (読む時間:約3分半) 2016.02.19

光福鎮は蘇州古城より真西へ25km、鄧尉山の麓にある。太湖の畔で蘇州市に属し悠久の歴史がある故鎮である。「湖光山色、洞天福地」と称し(湖が輝き山は微笑む神仏の住む景勝地)という意味で、蘇福道路が東西を貫き木光運河がこの鎮を経て太湖と京抗大運河を結んでいる。光福の歴史は古く、幡螭山に石壁や名士の題詠の石刻が多く、石壁精舎は山を背に太湖に臨む。明代「呉中四才子」といわれた唐寅の太湖の絵があり、後漢太尉「鄧禹」(西暦2~58年)が住んだ鄧尉山の麓は、蘇州第一の梅園(白梅・紅梅・緑梅・墨梅)で有名である。


現在、光福鎮は蘇州市呉中区に位置し、2500年余りの歴史を持つ。蘇州新区からは地下鉄1号線の終点「木瀆」駅で降り、近くの中華園大酒店バス停から南方向64番・65番の公共バスで行く。バスが光福鎮に入ると、遠くに光福寺塔が見えてくる。


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バス亭「銅観音寺」で降り、少し戻ると総伽藍が見えてくる。かなり大きな寺院である(写真)。宋代康定元年(西暦1040年)に、農民が光福寺近くから、銅観音1体を掘り出し、寺の中に祀り、そこ時から「光福寺」を「銅観音寺」と改名した。寺内は華麗広壮で大雄殿・観音殿・金剛殿・西洋殿などがあるが、何度か焼失した歴史をもつ。奥の光福寺塔は舎利仏陀塔と称し、亀峰山頂に梁大同年間(西暦535年〜546年)に創建、西暦1400年と1998年に修理されたが、梁時代から倒壊することなく現存する名塔である。塔は高さ38メートル、底辺は幅5.2メートル方である。光幸福塔の踞の山は太湖に注ぎ、風景は実に穏やかである。塔は上層に登ることができ、そこから見える太湖と光福鎮は絶景であるが、ちょっと危険であることを注意書きしておく。


梁朝天監2年(西暦503年)から、すでに1500年余り経ち、唐時代に最も栄えたという。寺前に川を跨いで一梁の「光福寺橋」がある。又の名を「天寺橋」「香花橋」といい、梁式の平橋である。橋の長さ16.1メートル、幅3.1メートル、5条の石梁がある。両側の石は現在も当時から使われた武康石のままだ。ただ、中央部の3条の石は花崗岩で重建されている。この千年、多くの老若男女がこの橋を渡りお寺に詣でた。


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欄干の外梁にある石彫は東西とも双龍の模様になっているのが特徴で、梁式であることが分かる。両側の縁に、玉と遊ぶ二匹の龍の姿と卍模様が精緻に彫られ、宋朝時代の細工文物だと分かる。文化財としては、思本橋(同里)、東廟橋(呉江)、宝帯橋(呉中)に次ぐものと言える。蘇州の中でも最も古い寺に、寺前にある宋時代を代表する石橋、奥の山頂の古塔、廊壁にある古い石碑と、蘇州の重要で貴重な文化財が満載だ。


銅観音寺のバス亭から更に3つ行くと「香雪海」のバス亭に着く。右に行くと「香雪海」梅園、道を渡ると「司徒廟」がある。鄧尉山の麓に位置し中国4大梅景勝地の一つである「香雪海」だ。梅は全山を埋め、白梅は雪の如く広がり、ほのかな香りは数十メートル漂い“香り多き雪の海”となる。7ヘクタールの梅林は正に梅の海であり、東京青梅の梅園を思い出す。清乾隆皇帝はこの梅を愛で6回も南巡したという。蘇州市内に多くある中華レストランチエーン店「香雪海」はこの名前から付けられた。


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司徒廟は鄧尉山麓に位置し、後漢大司徒「鄧禹」が晩年隠居した寓居で、廟内に鄧禹画を奉る。庭内にある鄧禹が手植した4株の「漢の柏木」は、もう1950年を経過している。真っ直ぐにそびえる木、断裂した木、中空でゴムの木のように曲がりくねり、まるで臥龍のようだ。雷に打たれたままの枝と幹からは新しい枝が生まれ、4本の古い柏木は供に生きるかのようにもつれ合う(写真はその中のゴムの木のような奇形)。清乾隆帝は南巡して何度も観賞し、この4株の古い柏を並べて“清・奇・古・怪”、天下奇観と称した。現在、省レベル重要文化財となっている。




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