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ソウル城門城壁跡「漢陽都城」を歩く 【蘇州たより 工藤和直】Vol.58 (読む時間:約2分) 2016.10.03

「ソウル」は固有語で「みやこ」を意味する。李朝時代までは漢字で漢陽・漢城・京都と書いて「ソウル」と読んでいたが、現代の韓国・朝鮮語では漢字の訓読が廃止されたためハングルのみで表記する。西暦1396年(太祖5年)、朝鮮王朝の都である漢城と外部との境界を示し外部からの侵入を防ぐために、全長18.6kmにも及ぶ城壁が築造された。漢陽都城(ハニャントソン)と呼ばれ、現存する世界の都城のなかで最も長く都城としての役割を果たしてきた一つといわれる。日本統治時代と光復後の開発のため、かなりの部分が破損されたが、発掘と復元事業により以前の姿を取り戻しつつある。最近では、都城全体の約70%が復元された。


1396年、李成桂がまず着手したのが城郭の建設であった。当初、土の城壁であったが、15世紀になって石城に改修された。下に南大門が見える写真があるが、城壁としては厚みもなく、人の侵入を防止する程度であった。その後、長い歴史の中で城壁は発展の妨げになり次第に荒廃していく。20世紀に入ると、ソウル近代化計画の一環として平地の城壁は撤去されてしまった。


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ソウルの都市中心部は、内四山と呼ばれる山々によって囲まれている。内四山というのは、北に北岳山(342m)、東に駱山(125m)、南に南山(262m)、そして西に仁王山(338m)の4つの山を指す。ソウル城郭はこの4つの山を結んで、一周するように建造されており、全長18.6kmに及ぶ。そして、城郭の内部と外部とが通行できるよう東西南北に四大門を築き、更にそれぞれの四大門の間に四小門が建造された。四大門は、真北に北大門(粛靖門)、真東に東大門(興仁之門)、真南に南大門(崇礼門)、真西に西大門(敦義門)からなる。四小門は、西北に北小門(彰義門)、東北に東小門(恵化門)、東南に南小門(光熙門)、西南に西小門(昭義門/昭徳門)から構成される。


これら4つの대문(大門)と4つの소문(小門)を結んだ城郭歩きのコースがソウル城郭道(漢陽都城)である。ほとんどの門と城郭は、その跡地を残すのみであるが、城壁の上からは、600年前の王朝時代の面影と現代の大都市の姿とを併せ持ったソウルの姿を垣間見ることができる。下の城門写真はかつてあった昔日の姿である(北大門は新築された現在の写真)。


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