新規登録
コラムニスト募集中
日経新聞
DMMコラム
蘇州たより
上海の街角で
JETRO
上海日本商工クラブ
在上海日本国総領事館
ラクト
上海人
香港リーダーズ
C.L.Mリーダーズ
経営者.マガジン読者の集い
2015稲盛和夫経営哲学上海報告会
中国ニュース
株式会社TOHOKI
人気ページランキング
  • 今週
  • 今月
  • 殿堂
  • JBSコラム Vol.3

  • 会計税務、人事労務、法務、健康、教育等、会社の進出から撤退までをワンストップで支援。

  • 上海リーグ法律事務所 コラム vol2

  • ビジネスシーンで活用する中国語講座vol4

  • 知的財産権の取得・侵害対策、企業内不正対応を中心に、中国での企業活動をワンストップで支援。

  • JBSコラム Vol.3

  • ビジネスシーンで活用する中国語講座vol4

  • 知的財産権の取得・侵害対策、企業内不正対応を中心に、中国での企業活動をワンストップで支援。

  • 上海リーグ法律事務所 コラム vol2

  • 会計税務、人事労務、法務、健康、教育等、会社の進出から撤退までをワンストップで支援。

  • “One Team, No Border” 会計税務を中心に企業のグローバル化を全力で支援しております。

  • ビジネスシーンで活用する中国語講座 vol.8

  • 微博・微信を中心とする中国ソーシャルソリューションサービスをワンストップで提供しています。

  • 会計税務、人事労務、法務、健康、教育等、会社の進出から撤退までをワンストップで支援。

  • リスク管理領域を中心に日系企業の中国事業を支援させて頂きます。

中国ニュース

中国EC大手、京東CEOがアメリカで講演、中国IT業界の世界的価値を語る【中国ニュース 2015年9月30日 】


    • 習近平国家主席の訪米イベントの一つとして、「第8回中国アメリカITフォーラム」がアメリカ時間9月23日にシアトルで開催された。フォーラムの開幕式では京東グループのCEO劉強東氏が中国のIT企業を代表してスピーチを行った。スピーチでは中国とアメリカのIT業界のトレンド、中国IT企業のイノベーション、また中国とアメリカのIT企業が交流を深め、お互いに学び合うことに対する意欲を語ったものであった。以下にスピーチで発表された3つの観点をご紹介する。

       


      中国とアメリカのIT業界は緊密に繋がっており、お互いに依存関係にある

       


      インターネットは人類の20世紀における最も偉大な発明の一つである。中国とアメリカの両国は世界の2大IT大国として「緊密な繋がりと相互依存関係」にある。IT業界の多くのビジネスモデルはアメリカ発祥であり、中国のIT企業は積極的にアメリカのモデルを学ぶと同時に、中国の状況に合わせて現地化を進めている。同時にアメリカのIT企業と資本は中国のIT企業との提携や投資を進めており、そこで大きな利益を得ている。中国のIT企業は現在、積極的に海外投資を進めており、業務は世界へと広がっている。将来的にはアメリカ企業とさらに緊密な提携関係になると考えられる。

       


      中国のITの発展スピードは早く、多くのイノベーションがある

       


      中国は世界最大のIT市場であり、6億を越えるインターネットユーザーと6億に近いスマートフォンユーザーが存在する。世界の10大IT企業のうち、中国はその4社を占めているほどだ。


      中国は世界一のEC大国でもある。中国のIT企業の発展は政府に重視されており、支持も得ている。中国では現在「大衆創業、万衆創新(大衆による創業とイノベーション)」という政策を進めており、また「インターネット+」という行動計画を設けてその発展を国家戦略としている。イノベーションの推進は発展のためのテーマとされており、中国のIT企業はローカル化というイノベーションにおいて、多くの実践と驚くべき成果を得ている。


      例えば、通信アプリ「微信」はすでにただの単純な通信アプリではなく、通信、ソーシャル、メディア、エンターテイメント、ビジネス、財テクが一体となった、中国モバイルインターネットのスーパーインターフェイスである。また、ECの分野において私たちは世界で最大のEC市場であるだけではなく、中国で初めて当日発送、消費者金融サービスなどの新しいサービスを行っている。

       


      中国とアメリカのIT業界が交流と提携を深める

       


      最後に劉強東氏は、将来的には中国のIT企業がより開放的な気持ちでアメリカIT企業との交流と提携を進め、ともにIT業界の新たなトレンド、新技術、理念を探り、全世界の経済の発展と人類の福祉に貢献し、ITの世界が更に良い明日を迎えられるようにしたいと語った。

       


      http://finance.ifeng.com/a/20150924/13992438_0.shtml

       

    2015.09.30

    百度CEOの李彦宏氏が新しい検索サービス「度秘」を紹介【中国ニュース 2015年9月15日 】


    • 9月8日、2015年百度世界大会が北京の中国大飯店で挙行された。ここで百度の創始者であり、董事長兼CEOの李彦宏氏が会場の1000名ほどのゲストに対し、「リアル世界のインデックス」をテーマにスピーチを行った。その内容はモバイルインターネット時代のオンラインサービス、ユーザーが何を求めているか、モバイル百度バージョン6.8の秘書的検索サービス「度秘(duer)についてなどである。


      李彦宏氏はこの講演の中でインターネット時代の中国におけるO2Oの躍進について肯定している。各種O2Oサービスは360種から3600種へと増加し、ユーザーのサービスへの要求も高くなっている。百度では2014年のサービス関連の検索数は153%伸びており、さらにユーザーを満足させる方法が必要であるとする。そこで百度が提示した解決プランが「秘書」を用意することだ。
      インターネットは専属の秘書を持つという夢を叶え、人と同様に自然に交流し、何が必要かを理解してサービスを提供することはできるのだろうか。この疑問に対し、李彦宏氏は会場でコンピューターと交流してみせて、驚きを呼んだ。


      李彦宏氏は「度秘」は百度の新製品でもあり、またひとつの機能であると語る。この機能は様々なアプリにトウサイし、どこでも使用することができる。「PC時代にはどのサイトにも検索枠があったように、モバイルインターネッと時代にはどのアプリにも度秘のような機能を搭載することができる」という。


      以下に李彦宏氏の全講演内容をあげる。


      皆様こんにちは。「2015百度世界」へようこそ。皆様ご存知の通り、「百度世界」は百度が1年に1回開催する最大の対外的会議です。このチャンスに、この1年で百度がどのような技術適正化を得ることができたのか、お伝えしたいと思います。


      この1年、オンラインとオフラインを繋ぐ「O2O」がインターネットで最も話題の分野であると感じたことでしょう。皆さんと生活サービスを繋ぐ、O2Oがすでに実現しています。そこで今日のテーマは「リアル世界のインデックス」というものにしました。皆さんのオフラインの活動とオンラインの活動の繋がりが、より明確になってきているのです。


      例を挙げましょう。中国の映画業界では100枚のうち55枚のチケットがネットで予約されています。アメリカではたったの20%です。100枚のうち20枚ですね。飲食業では中国では2%、アメリカでは1%、O2Oが利用されています。O2Oの様々な分野において、中国にンターネットは世界の先を行っているのです。ですからここに更なるイノベーション、とくに技術の刷新が必要となります。


      教育、医療、金融、日常の様々なサービス分野でオンラインとオフラインが繋がっています。以前は360種あるとお話ししましたが、今は3600種と増えています。どこが変わったのでしょうか。今、様々な業界で店舗のサービスから出張サービスへと変化しています。出張洗車サービス、出張マッサージ、出張ネイルケア、シェフの出張さえあります。以前は出張サービスができなかったサービスも、今ではできるようになっているのです。店舗に行く必要があるサービスでも、ネットで予約することができます。食事、カラオケ、理髪も、オンラインで予約すれば割引サービスが受けられます。3600種がすべてインターネットで直接繋がれるようになったのです。


      問題も発生しています。すべてのアプリをインストールできない携帯もありますし、アプリを入れてもすべて覚えられる人もいません。ここ1、2年、百度はこれを解決しようとしていました。百度の検索枠は以前は情報を探すための、最適な入り口でした。今、私たちはこれを「人とサービスを繋ぐ」入り口にしていきたいと考えています。検索枠には文字はもちろん、ボイス、写真なども入れることができ、ユーザーの様々な要求を満足させられるようにしています。


      昨年の関連サービスの検索数の伸びが早いとお話ししました。2014年には2013年の133%になりました。今年はその大きくなったベースの数字のさらに153%伸びると見られています。ユーザーの需要は確実に伸びており、だからよりユーザーに満足してもらう方法が必要になっています。


      必要なサービスはこれまでのものとは違います。1つや2つのキーワードでは表現できませんし、多くは何回か交流しなければ本当にユーザーの要求が分からないのです。旅行を例にとってみましょう。ある消費者は初め、三亜のシービューのホテルを取りたいと思いました。カスタマーサービスが亜龍湾のプライベートビーチがある1泊2000元のホテルをすすめると、値段的にあいませんでした。そこで次に違うホテルを紹介しました。価格は海岸からは少し離れているのですが、価格はずっと安いものです。結局消費者は二つの目のホテルを予約しました。この過程では検索の過程で修正があり、交流によってそれを理解しました。


      この例は典型的な消費者とカスタマーサービスの交流過程です。インターネットでもこのように、人と同じような自然な交流を行い、消費者の要求を汲んで優れたサービスを提供することができるでしょうか。ここで皆さんにこの理想に近い1人の新しい友人を紹介します。


      (「度秘」が登場)


      李彦宏氏:皆さんにご覧いただきます。こんにちは!
      度秘:ハイ、工場長、こんにちは。
      李彦宏氏:皆さんにご挨拶してください。
      度秘:皆さんこんにちは。私は百度で生まれたスマートロボット、私には知らないことはなく、できないことはありません。
      李彦宏氏:どこから来たのですか?
      度秘:私は百度ビルから来ました。毎日様々なことを学んでいます。
      李彦宏氏:どんなことを学んだのですか?
      度秘:私は皆様のために働く、真面目で頼れる存在です。
      李彦宏氏:ほんとにできるんですか。なんでも。
      度秘:使ってみれば分かります。
      李彦宏氏:よし、じゃあコーヒーを2杯お願いします。
      度秘:わかりました。2杯のラテで65元です。だいたい15分で中国大飯店に配達されます。購入されますか?
      李彦宏氏:よろしく。
      度秘:注文しました。できるだけ早くお届けします。
      李彦宏氏:ありがとう。みなさんにさよならをいってください。
      度秘:皆さんさようなら。バイバイ。


      李彦宏氏:自然な対話で章。ではお訊ねします。このロボットはいくらに酢べきだと思いますか?


      観客:15000、8000、10000、2000…
      李彦宏氏:15000元?
      観客:無料。


      李彦宏氏:無料?どの推測もありですね。私は百度の角度からこれを考えます。百度は毎日数億の人々にサービスを提供しています。百度の理想は、すべての人に平等に情報を素早く得られるようにすることです。だから今、どなたかがおっしゃったことは正しいのです。理想的にはこの能力を無料にしたいのです。どうすれば無料にすることができるでしょうか。


      これは昨日出たばかりのスマートフォン、百度バージョン6.8です。このバージョンの携帯にはスマートロボットの能力が集約されています。今登場したロボットのように、この携帯があなたの要求を満足させてくれるのです。 この昨日はどのように使うかというと、携帯の百度の検索枠のマイクをクリックすると、下に小さなロボットのロゴが出てきます。このロゴをクリックするとロボットが起動します。百度のエンジニアはこの小さなロボットに「度秘」という名前を与えました。百度の「度」と秘書の「秘」です。英語では「duer」です。つまりこれは秘書のようなものです。ロボットが秘書のような検索サービスを提供するのです。
      他のスマートロボットは主にかわいらしさに重点があって、それを楽しむものでした。度秘は実際に人々を助けて、サービスを提供するものです。


      次に、今日の主役「度秘」に登場してもらいます。


      (音楽が鳴り響き、「度秘」が登場)


      李彦宏氏:マイクのロゴをクリックしてロボットを起動するとお話ししましたが、ボイスでも起動することができます。2枚の大スクリーンにこの携帯のスクリーンが映っています。


      (李彦宏氏と「度秘」の交流)
      李彦宏氏:こんにちは。度秘。
      度秘:こんにちは。「度秘」です。何かお手伝いすることがありますか?
      李彦宏氏:陂楼付近のおいしいレストランを探してくれませんか。
      度秘:わかりました。たくさん良いお店があります。あなたの要求は?
      李彦宏氏:雰囲気がいいところを選んでください。
      度秘:わかりました。あなたの要求にあったレストランをおすすめします。


      (李彦宏氏が携帯のスクリーンを見る)
      李彦宏氏:廬山念私房菜を見てみましょう。良い評価ですね。このレストランに犬は連れて行けますか?
      度秘:ペットは連れて行けません。別のお店を探しますか?
      李彦宏氏:じゃあ、もう一軒お願いします。
      度秘:犬を連れて行けるレストランを探します。


      (スクリーンにレストランの情報が表示される)
      李彦宏氏:景山小院。ここはさっきより安いですね。では、明日のお昼12時に予約してもらえますか?
      度秘:何名ですか?
      李彦宏氏:大人2人、子ども一人、それから犬1匹。
      度秘:分かりました。予約しました。他にはありますか?
      李彦宏氏:ええ、レストランの近くにペットの美容院はありませんか?
      度秘:ペット美容院を見つけました。


      (スクリーンにペット美容院の情報が写される)
      李彦宏氏:維尼宝貝美容店、34.3元、安いですね。いいですね、予約します。
      度秘:わかりました。何時に予約しますか。


      (スクリーンに時間の選択が写される)
      李彦宏氏:昼ご飯が終わってからだから14時から17時かな。
      度秘:予約しました。他にありますか。
      李彦宏氏:あともう一つ、明日子どもを連れて行けるような映画はありますか?
      度秘:子供向けの映画を見つけました。


      (スクリーンに映画の情報が映し出される)
      李彦宏氏:「アマゾン大冒険」午後2時35分から、いいですね。3枚予約をしてください。
      度秘:良い籍を選びました。
      李彦宏氏:良い席も選んでくれたんですか。クーポンで41元なのに。原価は70元くらいですね。OK、予約してください。
      度秘:支払しました。
      李彦宏氏:それからどこかで本物のオマキザルは見れますか。
      度秘:オマキザルが見れるところが見付かりました。


      (ブラジルの動物園のクーポン情報が表示される)
      李彦宏氏:これはポルトガル語の紹介です。ブラジルのクーポンサイトです。私が来月ブラジルに出張に行くのが分かっているのです。そこで見れるのですね。わかりました。ありがとう。
      度秘:どういたしまして。


      (度秘退場)


      李彦宏氏:今、度秘にいろいろな用空を出しましたが、ほとんど対応しました。どんな要求も理解し、関連サービスを探し出すことができます。おそらくこの技術は以前のものとは違い、高い技術のものだと思われたのではないでしょうか。では「度秘」はどのようにして作られたのかをご説明します。
      度秘は基本的には3つの部分からなっています。ひとつ目は最下層の3600種のジャンルとの繋がりです。開放的なインターフェイスがあり、そこで先ほど挙げたような様々なO2Oサービスと百度が繋がっています。教育、医療、金融、飲食、それぞれの分野のたくさんのサービスがインターネットと繋がっています。百度糯米という百度自営のサービスもあり、また百度が投資する企業や提携企業のサービスとも繋がっています。例えばUberも繋がっています。単に繋がっているだけではありません。今お見せしたようなたくさんの要求は、現在主流のアプリでは対応することができません。


      2つ目は中間の層です。全国のデータを掘り起こして、提供できるサービスにタグを付けていきます。レストランなら、そこにペットは連れて行けるか、スターが利用したことがあるか、個室にテレビはあるかなど、すべての特性にタグを付けます。これがリアル世界のインデックスです。私たちはサービスにタグ付けし、豊富なインデックスを作り上げます。


      3つ目は最上層の、先ほどご覧になった度秘です。度秘が消費者と交流して要求を理解し、サービスを届けます。この3つの部分を通してリアル世界のインデックスを作り、そのインターフェイスが皆さんがご覧になった度秘となります。興味があれば、最新版のモバイル百度をダウンロードして、最新のサービスを試してみてください。


      「度秘」は百度の最新商品でもありますが、一つの機能とも言えます。この機能はモバイル百度の中だけではなく、他のアプリにも組み込むことができます。ご希望があれば、すべてのインターネットにあるアプリに解放し、入れてもらうこともできます。PC時代にはどのサイトにも検索枠がありましたが、モバイルインターネッと時代にはどのアプリにも「度秘」をいれることができるのです。


      度秘の機能があると世界はどう変わるのでしょうか。ビデオを見てみましょう。


      (「プラダを来た悪魔」の一部を上映) どう思われましたか?ボスは快適ですが、秘書は大変です。映画では人間が秘書になっていますが、将来的には度秘がこのようにできるようになるといいと思います。誰もが気心の知れた秘書を持ち、使えば使うほどあなたを理解して面倒なことを処理してくれるようになります。その分、あなたは好きなことや得意なことに集中し、時間を有効に使うことができます。「専属の秘書」が常に学んでいくことで、だんだんとあなたはロボットからは慣れられなくなるでしょう。子どもも老人も誰でも度秘を使い、インターネットサービスをシェアできるようになることを期待しています。


      今日のスピーチはここまでです。ありがとうございました!
      (拍手)次にちょっと用事がありますので、お先に失礼します。「度秘」で車を呼びましょう。度秘、車を呼んでください。空港に行きます。
      度秘:分かりました。予約した運転手がもう会場に迎えにきています。


      http://news.mydrivers.com/1/446/446034.htm


    2015.09.15

    シートリップの梁建章氏がアリババと京東に勝利宣言【中国ニュース 2015年9月2日 】

    • シートリップ(Ctrip)の15周年記念式典で、創始者の梁建章氏が情熱溢れるスピーチを披露した。シートリップは中国を中心に航空券、ホテル、ツアーなど旅行に関するオンライン予約を行うサイト、アプリを運営しており、市場価値は現在、EC大手の京東の1/5、タオバオの1/40である。にもかかわらず、「信じる心があれば、シートリップはあと数年で中国で最も成長の早いEC企業となる」「3年で京東を越え、4年でT-mallを越え、10年でタオバオを越え、世界最大のEC企業の一つとなる可能性さえあるだろう」と大言壮語した。


      梁建章氏は一時期学術に専念していたが、2013年2月にシートリップに舞い戻り、モバイル戦略を推し進め、途牛、同程といった同業他社への投資を行い始めた。スピーチの中で梁建章氏は「今後数年は、私にとって第2の創業と言えるだろう」と語り、シートリップの内部創業を激励した。


      梁建章氏の経歴は順調そのものと言って良いだろう。中国で最も早くコンピューターに触れた小学生の一人であり、13歳でパソコンで詩を書き、パソコンの天才と呼ばれた。その後も青少年コーディングコンクールに参加して容易く優勝を手にし、パソコンとの縁を深めていく。中学を卒業すると復旦大学の少年クラスに入学し、半年後には復旦大学コンピューター学科の本科に進んでいた。その後、復旦大学を卒業前にアメリカのジョージア工科大学に留学、大学院を卒業した。1989年、梁氏はまだ20歳だった。


      「アメリカでの勉強は、非常に役に立った」梁建章氏は語る。経済的問題から、梁氏は早く卒業しなければならなかった。言葉も生活も慣れない環境での挑戦がどのようなものであったのかは、推して知るべしだろう。幸い、当時の梁氏はまだ若く、1年で2年分の課程を修了することができた。碩士の学位を得た後、博士課程も学んだが、学業にはもう挑戦的なものがなくなったと感じた。「一番新しいものは学校ではなく企業にある」と考えた梁氏はソフトウェア企業オラクルの研究開発部で働き、3年の経験を積んだ。


      「中国では、アメリカよりもチャンスが多い、とりわけベンチャーだ」梁建章氏は一時帰国した中国で天地を覆すような大きな変化を目にし、熱い創業の雰囲気を感じた。長い目で見れば、自分のチャンスはやはり中国にあると見た梁氏は、創業の準備をするために技術系から管理系へと仕事を転向することにした。アメリカのオラクルに戻った後、梁建章氏は部門移動を申請し、顧客サービス部の仕事に移った。「このような移動をする人は少ない」と梁氏はいう。オラクルの研究開発部門の地位、待遇などは他部門よりも良かったからだ。梁建章氏は顧客サービス部を経験したことでITと管理の関係を理解することができ、この選択が正しかったのだと当時を回想する。ラッキーなことに1997年に彼はオラクルの内部募集を通過して、帰国して中国エリアの咨詢総監という職務を担当することになった。「もし研究開発部門に居続けたならば中国に帰ることはできなかったでしょう」と梁建章氏は言う。彼はこのように技術から管理へと転身し、起業への基礎を固めていったのだ。


      咨詢総監として働く間に、梁建章氏は中国の多くの企業で管理、ソフト、ECの顧問を務め、中国民航、中国電信などの大型国有企業管理システムの構築を行った。同時に中国で創業するという夢を叶えるためのチャンスをひっそりとうかがってもいた。オラクルでの同僚である朱氏は当時を回想し、梁建章氏はおしゃべり好きではなく、控えめなリーダーであり「好奇心に満ち、観察と思考が得意」であったと語っている。


      「チャンスは準備している人にやってくる」梁建章氏は創業前の観察、思考の積み重ねが不可欠だと思っていた。創業したいのならば、学業、経歴、技能を準備しておかねばならない。「本当にこの業界でその他の誰よりもうまくやれると思った時がチャンスだ」中国での2年間、梁建章氏は中国市場の状況を知ることに努力し、創業の準備を十分行った。「これは帰国してそのまま創業するよりもずっといい」梁建章氏は笑う「帰国してすぐに創業するのは、失敗しやすいからね」


      http://news.pedaily.cn/201508/20150826387544.shtml?appinstall=1


    2015.09.02

    アリババ馬雲氏を創業期から支え続けてきた側近、彼の持つ時価総額は99億元【中国ニュース 2015年8月25日 】

    • 謝世煌氏は決して目立つ存在ではないが、アリババ18人の創始者の一人で、馬雲氏が一番信頼していると言われる同僚である。アリババが急速に発展してきた10数年の間で、多くの創始者たちは個人財産を急速に増加させてきたが、謝世煌氏本人は過去とくらべてそれほど変化はない。さて謝世煌氏という人物は一体どんな人物であろうか。

       

      謝世煌氏を紹介する。

       

      1980年に謝世煌氏に政治学を教えた瑞安中学校校長陳良明氏は「謝世煌氏は大人しい学生だった。勤勉で、成績は中レベルだが、イノベーション力に長けた学生だった」と語る

       

      1992年、瀋陽工業大学を卒業した謝世煌氏は杭州のある会社で働いた。この会社は国営企業だったので、給料や福利厚生はとてもよかった。

       

      1996年、偶然にも、謝世煌氏は馬雲氏が「中国のイエローページ」を作っていることをしった。なぜかとても馬雲氏に興味をもって、その後、何度も接触を試みた。馬雲氏はこれまで出逢った経営者とは一線を画していた。馬雲氏の思考、言動、行動が常人とはまるで異なっていて、歩き方さえも違う。さらに電話に出る時は、時には中国語、時には英語で会話する。謝世煌氏は馬雲氏に好意を持つにはそれほど時間はかからなかった。

       

      1997年、謝世煌氏は勤めていた国営企業を退職して、馬雲氏と一緒に北京の海外貿易会社に転職した。二年後、馬雲氏は創業することになる。謝世煌氏の能力であればSina社やSohu社など当時すでに時流の企業を選択できたが、馬雲氏と一緒に起業することに揺るぎなかった。こうして謝世煌氏はアリババの18人の創始者の一人になった。

       

      1999年、謝世煌氏はアリババのCFOに着任した。10年間一緒に働いた同僚は「謝世煌氏は経費にとても細かく、鉛筆一本、紙一枚までも鮮明に記録していた」と述べた。

       

      2000年、アリババが杭州で新しい事務所を開設する際、馬雲氏は杭州の中心部のオフィスにワンフロアを借りようと主張していたが、これに対して謝世煌氏は「社員もそれほどいないのに浪費だからやめよう」と反対した。結局馬雲氏は謝世煌氏の意見に従った。しかし、アリババの社員が迅速に増えるに従い、馬雲氏の判断は正しかったとのちに明確になった。

       

      2000年から2006年、謝世煌氏はB2B取引のプラットフォームの運営管理者として、アリババの対外企業交渉等を担当していた。この頃の同僚の話によると、会社が一番厳しい時で、謝世煌氏のSNSによく「月末になった。誰か私に1万元くれたら、淮海路にストリートパフォーマンスに行ってくる」とコメントがあった。彼自身も「本当だった。なぜなら、会社の利益がこれ以上あがらないと、倒産するしかいない状況だったから。」

       

      アリババはSARSがひと段落したころようやく発展し、2007年には香港取引所に上場、2014年にニューヨーク市場に上場した。謝世煌氏はアリババ投資事業部の総経理になり、謝世煌氏の保有する株式の時価総額は16億ドル(約99億人民元)に達した。

       

      時価は約百億元だが、同僚の話しによると、謝世煌氏は一流なリーダーシップをとったり壮大なビジョンを描いたりすることはない。アリババの電子商務業務が急速に発展している時も特に表現しなかった。会社の創始者でありながら、中間管理職であり続ける独特な謝世煌氏ならではであろう。

       

      これも謝世煌氏が馬雲氏の一番信頼される人だった原因かもしれない。アリババ内部には、馬雲氏以外に、謝世煌氏は唯一アリババ・グループの営業ライセンスを保有している人物である。

       

      馬雲氏と謝世煌氏の双方を知る同僚は、「ふたりとも相手の智慧と誠実を認め合い、よく互いの家でご飯を食べたり、酒を飲んだり、トランプで遊んだりして、まるで兄弟みたいだ」と言う。今後も謝世煌氏は馬雲氏のパートナーであり続けることであろう。

       

      http://www.chinaz.com/start/2015/0820/436072.shtml

       

    2015.08.26

    10元で深センに行き歴史を変えた人物、現在の時価総額は612億元!【中国ニュース 2015年8月12日 】

    •  2014年、フォーブスランキングに、王文銀氏の時価総額は612億元までに達していた。2015 年、王文銀氏はHurun中国富豪ランキングの第27位で、時価総額は京東の劉強東氏も超えた。

       

      1993年、王文銀氏はわずか400元で深センにやって来た。駅に降り立った王文銀氏の財布には、わずか10元しか残っていなかった。そのため、鉄や銅などのゴミを拾ってそれを販売し生活していた。しかし、22年後の2015年の王文銀氏の時価総額は612億元を超え、世界富豪ランキングの125番目に登り詰めている。皆さんは彼をご存知だろうか。どうやってここまで来たのだろう。

       

      1.もとは平凡な貧しい農村少年

       

      1970年、王文銀氏は安徽省河湾村に生まれ、幼少は貧しい生活を送った。将来必ず成功しようと誓った。1990年、大学卒業したばかりの彼は上海に出稼ぎにいった。毎月約400元の給料で生活は安定していた。しかし、こんな普通な仕事であれば、決して成功できないと思っていたので仕事を辞めた。1992年、22歳の彼は当時、創業者の聖地と謳われていた深センに行くことを決めた。その時、荷物はボストンバック一つに、その中に一式の洋服と夢を詰め込んだ。そして、400元をもって、深センについた時、財布には10元しか残っていなかった。10元を王文銀氏は3日間で使いきった。当然住む場所はないので野宿で過ごした。

       

      2.くたびれた工場社員時代

       

      幸運なことに、月給3千元の電灯工場の仕事が見つかった。800名もの女性作業員を管理する仕事を得た。しかし劣悪な労働環境に対して作業員は疲弊したり、中には怪我をする社員も多く。王文銀氏はストライキを起こした。結果、ストライキ参加者は全員クビになってしまった。責任を感じていた王文銀氏は仕方なく、自分の給料をみんなに分けることにした。そのため、また住む場所を無くしてしまい、再び鉄や銅などのゴミを拾って生活した。

       

      3.倉庫管理者となり500万元を稼ぐ

       

      一週間後、彼は倉庫管理者としてある香港企業に入社することになる。お金がなかったので3平米の部屋を借りた。ある日激しい雨が降っていた朝に目を覚ましたら、水がベットの高さにまで浸水してきていた。仕事を辞め、深センまできて、こんな苦しい生活をするなんて、理解できない人がいっぱいいた。しかし、王氏はわずか1ヶ月間で、驚くべき才能を発揮することになる。  倉庫を管理するにはいろんな材料と接する。王氏が働いていた工場には何千種類のケーブル、プラグなどあったのだが、王文銀氏はそれらのコードを全て覚えていた。資料を確認する必要もなく、何千種類にも及ぶ材料名を口にすることができたのだ。そのため、王文銀氏は製造部で一番人気がある倉庫管理員の仕事を得ることになった。「大学入試のように、一生懸命集中したら、一週間で全部覚えられたよ。」王文銀氏はそう周囲に漏らしていた。その後わずか1年間で、王文銀氏は倉庫管理員から工場総経理のアシスタントと7つの階級を昇級した。それからの2年、王文銀氏は総経理アシスタントから営業部部長、工場長、副総経理、総経理になった。年収は500万元を稼ぐほどに成功した。

       

      4.オペレーションルームに寝る工場ボス

       

      1997年、王文銀氏は自分の初めての企業である深圳携威電源ライン工場を作った。三年間の業務経験、また豊富な業界知識を得たことにより、自分で事業をできる自信を持っていた。 工場は立ち上げてから、王文銀氏は作業員と一緒に残業しては、夜はオペレーションルームで眠るというまさに寝食を忘れて働いた。なんと1ヶ月目には、工場は黒字化した。3ヶ月後には、工場の売上は200万元/月から1000万元/月になり、大規模な工場経営ができるようになった。

       

      5.倒産と外部に噂を流して、サプライヤーをテスト

       

      それからは順調に発展していって、毎年一つずつ新しい工場を作っていった。 王文銀氏はその頃、企業の成功や失敗の経験を研究していた。多く企業家の失敗集を自宅の壁に貼り付けて研究を重ねていった。失敗を研究し続けた結果、王文銀氏はほとんどの企業はサプライヤーとうまくいかずに失敗していることに気がついたのだ。そこで王文銀氏はどのサプライヤーが長期的に自社と連携できるかを確認するために、王文銀氏は外部に「王文銀氏の工場がもうすぐ倒産する」と噂を流してみた。当時、その工場はサプライヤーに約5000万元の借金をしていた。実は、このときすでにこの借金を返済するために、王文銀氏は約1億元を準備できていたのだ。情報を流した後、各サプライヤーはそれぞれ違う反応だった。すぐに工場に対して借金返済を求めたり、中には怒鳴り込んでくるサプライヤーもいた。しかし、その中にも王文銀氏を信用して、お金が有る時に返してくれれば良いというサプライヤーがいた。王文銀氏は悟った。結局、その時王文銀氏を信用してくれていたサプライヤーたちがその後に協力な連携パートナーになっていったのだった。

       

      6.資金稼ぎのために、トレンドを把握することが必要

       

      アジア金融危機を経験して、王文銀氏はグローバル経済危機のルールを研究しはじめた。「資金を稼ぐなら、グローバルなトレンドと状況を把握することが必要」と語っている。 2005年、王文銀氏は銅産業に参入した。2008年、グローバル金融危機の時、銅の値段は2万元/tぐらいに下がり、これをチャンスとみた王文銀氏は十数万tの実物と30万/tの先物を購入した。この結果、4-8万元/tに上がった時に売り出して、多く利益を得ることに成功した。

         
      http://news.pedaily.cn/201507/20150731386477.shtml

       

       

      王文銀 安徽省出身,正威国際集団 創業者 董事局主席

      2014年、フォーブスランキングに、王文銀氏の時価総額は612億元で、2015年、王文銀氏はHurun中国富豪ランキングに27番目に入っている、時価総額は劉強東氏を超えている。

    2015.08.13

    小米CE0雷軍氏「貧乏学生から成功者に、24年間のチャイナドリーム」 【中国ニュース 2015年8月3日 】


    • 現在、中国の大手携帯メーカー「小米(シャオミー)」を経営する雷軍氏は、1969年に湖北省仙桃の一般家庭に生まれた。幼い頃から勉学に努力し、1987年には武漢大学コンピューター学科に合格した。その頃はまだコンピューターという言葉を聞いたことがない人も多いような時代であり、しかも武漢大学は当時、国内でも早い時期に単位制を導入した大学であった。一定の単位を修得すれば卒業することができるのだ。


      入学した頃、雷軍氏は2年生、3年生がとるような授業も履修し、わずか2年ですべての単位を取り終え、卒業制作さえ完成してしまった。在学中には2冊の教材を出版した。今では営業的なイメージが強いが、本来彼は一流のエンジニアである。


      在学の後期、雷軍氏は友人と一緒に創業したが、1991年には解散してしまった。22歳の雷軍氏は、まだ経験が足りないと考え、Kingsoftに入社する。Kingsoftは当時中国で最も優れたPCソフト会社で、雷軍氏はこの会社に16年間在籍し、北京で開発部の部長、珠海で副総経理(この時スマートフォンメーカー魅族の創始者である黄章氏と知り合う)、北京で総経理を勤めた。


      2007年、雷軍氏はKingsoftを上場させることに成功し、人生の夢の一つを成し遂げた。同年、雷軍氏はKingsoftのCEOを辞し、ベンチャー企業に対する投資家となり、国内外のソフト会社に続々と投資しはじめる。理系の男性である雷軍氏は携帯やデジタル製品をいじくるのが好きで、アンドロイドやアップルのスマートフォンが発表されたときには、モバイルインターネットの波の到来を感じ、「大風が吹いてくる」と感じた。


      「豚でも大風が吹いてくる入り口に立てば、空を飛ぶことができる」鋭敏な雷軍氏は中国に新たなモバイルインターネットの時代がやってくることを察知し、新たな人生の新章を始めることを決めた。金山での16年の経験により作られた広い人脈により、最終的に雷軍氏は元Google中国工程研究院の副院長、林斌氏、元モトローラー北京研究開発センター高級総監の周光平氏、元北京科技大学工業設計系主任の劉徳氏、元Kingsoft詞覇総経理の黎万強氏、元Microsoft中国工程院の開発総監の黄江吉氏、元Google中国高級産品マネージャー洪峰氏の6人と一緒に小米科技を創業することになった。


      たったの5年で、小米はすでに国内で最も成功した携帯メーカーの一つとなり、1年の販売高は6千万元以上にも上り、小米のスマートフォンを知らない人はいないようになった。小米はたくさんの奇跡と成果を生み出し、雷軍氏本人も長者番付に載り、多数の賞を得た。雷軍氏のここ数年の戦いの歴史を見れば、私たちは雷軍氏が極めて強い自律性と勤勉さを持っていることを知ることができる。小米を創設する前から富豪であり、決して金銭のために小米の携帯を作っているのではない。成功後にも他人を攻撃したり、けんかをしたことはないし(携帯業界ではよく人身攻撃などがある)、他者の悪口や攻撃をしたこともない。自社の商品を賞賛してばかりなのはちょっとあれだが、他社の製品を攻撃することもなく、自らの努力に専念するような人は非常に珍しい。雷軍氏のことが好きでないとしても、成功には必ず理由があるということを信じていてほしい。雷軍氏は長年にわたって奮闘し、自律と努力により今日を得たのだ。


      http://www.zhuayoukong.com/2483482.html/p>

    2015.08.04

    中国人の携帯ゲーム好きは世界一! 【中国ニュース 2015年7月27日 】


    • スマートフォンアプリのゲームは私たちの生活の一部分となっている。男性向けの「炉石伝説」、女性向けの「消滅星星」、老若男女が楽しめる「斗地主」などのゲームがあり、人々はいつでもスマートフォンを覗き、スクリーンを弄っている。もしその光景が見えていないとしたら、あなたがスマートフォンを覗いているからだろう。


      中国人はいったいどれほどゲームが好きなのか?


      7月16日、鳳凰科技がハイテクに関するブログVentureBeatで紹介されている市場調査会社NewzooとTalkingDataが共同で発表した報告に関する報道を行った。今年、中国のモバイルゲーム市場の収益は約65億ドルであり、これは世界のモバイルゲーム市場の売上高の5分の1を占めているという。


      報告によると、今年、中国ではモバイルゲームの売上高が65億ドルに上り、人気ゲーム「炉石伝説」などがその大部分を占めている。65億ドルという売上高は、2013年の18億ドルの3倍以上に当たるものだ。昨年の44億ドルに比べても大幅に上昇している。このままの勢いならば、やがて中国はアメリカを越え、世界でも利益率が最も高いモバイルゲーム市場となるだろう。すでに流行しているアンドロイド携帯に加え、iPhone6とiPhone6Plusが中国で大きな成功を収めており、これらの中国ユーザーたちのモバイルゲームの利用者数を後押ししている。


      今年、全世界のモバイルゲーム利用者数の支出はiOS、アンドロイド、その他の携帯電話を加え、301億ドルに上っている。そのうちの20%以上を占めているのが中国だ。中国のアンドロイドアプリショップは今年36億ドルを売上げているが、これは世界のモバイルゲーム総売上の12%である。アップルiOSでのモバイルゲームの売上は125億ドルであり、世界のモバイルゲームの総売上のうち42%を占めている。そのうち、中国はiOSモバイルゲームの売上に23億ドルを貢献している。報道によると、中国のモバイルゲーム市場の残りの6億ドルはGooglePlayとフィーチャーフォンから上がっている。


      中国でどれだけ多くのゲーマーがモバイルゲームをするのかということは言わずもがなだ。現在モバイルゲームで成功したアメリカのPopCapは、中国で最も流行しているF2P(Free-to-Play、無料でゲームできるが、課金することもできる)を、「Plants VS Zombies」の後継である「Plants VS Zombies2」で採用した。このゲームの初代の価格はiPhone版で2.99ドル、iPad版で6.99ドルだった。中国市場がどれほど大きいのかということがこのことからも分かるだろう。


      http://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzIxMjAxODQ3OQ==&mid=206881635&idx=4&sn=445839900f938861a9c664b3a02817e9&scene=1&from=singlemessage&isappinstalled=0#rd

    2015.07.27

    元ギャル系雑誌「egg」発案者、米原康正氏が中国で仕掛ける「Mija Girls」 【中国ニュース 2015年7月26日 】

    • 米原康正氏は元ギャル系雑誌「egg」の発案者であり、「ほしのあき」「蒼井そら」「藤井リナ」といった超人気女性タレントを中華圏でプロデュースしてきた人物だ。その米原氏が今、粟田翔太氏とともに中国で仕掛けているのが「6LVD」というECサイトでありながら、カワイイ女子やカルチャーなども紹介する奥行きのあるサイト。その中のオリジナルのレディスブランドが、「Mija」、そして今まさに白熱しているのが「Mija Girls」だ。これは街の人気者を世の中の人気者にするというプロジェクトで、北京から始まり、これまでに重慶、成都、広州、上海とオーディションを開催してきた。6月末、上海でのオーディション終了後、米原康正氏と粟田翔太氏に取材を行った。

       

      yone

       

      写真左:粟田翔太氏 / 写真右:米原康正氏

       

      ⚫️中国5都市で開催されたMija Girlsオーディション

       

      「街の人気者がそのまま世の中の人気者になる。ネットの中だけでなく、もっと一般の人たちに知られてほしい」そんな想いで始められたモデルオーディションが「Mija Girls」オーディションだ。もともとは原宿で行っていた読者モデルのオーディションを、米原康正氏は中国に持ち込み、「Mija Girls」として展開することにした。

       

      昨年12月に開催した北京のオーディションでは、会場のフォーシーズンズホテルに現地の中国人女性500人が殺到した。このホテルのイベントでこれだけの人を集めたのは異例の出来事で、急遽入場制限をかけたほどであったのだという。

       

      Mija Girlsたちを選ぶポイントは「街で人気がありそうな女の子」だ。 中国の男性たちの「こんな女の子が好き」という傾向を見抜き、選抜していく。

       

      米原氏はかつてギャル系雑誌「egg」の創刊に関わり、「egg」を通じて多数のモデルを排出した経験をもつ。今は「egg」時代に渋谷で行った読者モデルの選定を、中国の基準に合わせて行っている。

       

      昔から、一人の女の子を目立たせるというよりも、「コギャル系」などといったひとくくりのジャンルで取り上げることを意識してきた。米原氏には今後どんな女性のジャンルが中国で人気になっていくのかが見えているという。今回選ばれたMija Girlsたちは、今後モデルとして活躍していく。彼女たちは中国で新たなジャンルを作り出し、メジャー展開をしていくことになるであろう。

       

      ⚫️中国人男子にウケる女の子のコンセプトは、「童顔巨乳」

       

      「自分の趣味嗜好ではなく、フラットな視点で女性をみることができれば、世の中でどんな女性が人気があるかがわかる」と米原氏は語る。

       

      中国人男子にウケる女性のコンセプトは、「童顔巨乳」だと米原氏は語る。 米原氏はこれまでに「ほしのあき」さんの写真集を香港で手掛け、大ブレイクさせたことがある。 当時香港では原宿文化が流行り、スニーカーが高価な値段で販売されていた。 米原氏はそこに童顔巨乳の「ほしのあき」さんを連れてきて、スニーカーを履かせることで「ほしのあき」さんをブレイクさせた。「確実にヒットすると思っていた」という戦略は見事に的中した。

       

      5_1

      粟田翔太氏

       

      ⚫️中国のファッションの変化

       

      日本国内に流れてくる中国ニュースの約9割は中国を悲観的にみているものである。 「中国人はいまどんな格好しているの?」と上から目線で聞いてくる日本人もいるが、日本はいま一番情報が遅れていると言っても過言ではないと米原氏は言う。 海外のことを知らない日本人たちが、いま確実にガラパゴスになっている。

       

      富裕層の出現により中国のファッションは大きく変化した。 桁が異なる消費の仕方をする富裕層も多い。だがファッションとは経済に連動するものであり、経済が活況なところにファッションは流れるようになっている。

       

      欧米のハイブランドたちはすでに日本を無視して中国展開を意識しており、そのハイブランドを着こなせるだけのファッションレベルをもった中国人が急増している。 この変化は、年ごとにというより、毎月という単位で変わっていると米原氏は語る。

       

      ⚫️中国を知ることが重要

       

      中国でビジネスを興すには中国を知らねばならない。 米原氏も始めは中国のことを知らなかった。こんな実体験がある。 米原氏が緑の帽子を中国人の友人にプレゼントしたところ、返されてしまった。 理由を聞いて、米原氏は驚いた。緑の帽子を男性が被るということには「彼女に浮気をされた」という意味があるのだという。 男性が緑の帽子を被らない文化が中国にあることを、米原氏は知らなかった。

       

      帽子に限らず、中国人の色の好き嫌いや数字の好き嫌いなど、細かい部分の常識を理解した上で行動していかなければ、商品は良いのに売れないという思わぬ落とし穴に嵌ってしまうだろう。

       

      知っていれば、避けることができるが、知らなかったばかりに、中国でうまくいかないというケースを米原氏は数多く目にしてきた。 まずは中国を深く知ることが重要である。

       

      4_1

      米原康正氏

       

      ⚫️中国にはまだまだチャンスが多い

       

      2006年から中国で活躍を続け、中国を見つめ続けてきた米原氏は「中国は淘汰の時期に入ってきた」と語る。 町中に林立するショッピングモールにしても、すでに潰れるものも出てきている。 今後はそれらは淘汰され、生死が分かれて行くことだろう。 生き残るショッピングモールと淘汰されるショッピングモール、その違いはどこにあるのだろうか。その答えは本物かどうかにあると米原氏は語る。 人や企業は本物を求めている。だからいかに本物を扱っているかが分岐点となる。それはブランドに限ったわけではなく、まだまだチャンスのある分野は豊富だと言える。

       

       

      【米原康正氏(よねはら・やすまさ)】

      クリエイティブディレクター、フォトグラファー、DJ。

      世界で唯一のチェキをメイン機材とするアーティストとして、雑誌、CDジャケット、ファッションカタログなどで幅広く活躍。 中華圏での人気は高く、中国版Twitterである「新浪微博」でのフォロワーは220万人超、シューティングとDJをセットにしたイベントでアジアを賑わせている。 世界のストリート・シーンで注目される、ジャパニーズ・カルチャーを作品だけでなく自分の言葉で語れる日本人アーティストの一人。

       

      【粟田翔太(あわたしょうた)】

      ANDA株式会社CEO。中国EC 「6LVD」の設立者。東京・原宿と北京・三里屯を拠点とし、米原の理想を形にするために日夜奔走中。

      http://www.6lvd.com/

    2015.07.26

    レノボHD上場記念パーティーでアリババの馬雲氏、小米の雷軍氏、大連万達グループの王健林氏が講演 【中国ニュース 2015年7月22日 】


    • レノボホールディングスの上場記念パーティーで、レノボの柳伝志氏の2億元の価値があるという中国企業家倶楽部、中関村、泰山会という3つのコミュニティが明るみに出た。この上場記念パーティーのゲストにはアリババの馬雲氏、小米の雷軍氏、大連万達グループの王健林氏などの業界内の名士が招かれており、講演を行った。


      柳伝志氏「私は少しの助けさえ得ることができれば何でもできる人間だ」


      「私は少しの助けさえ得ることができれば何でもできる人間だ。この一生を活き活きと過し、事業もいささか成功し、多くの方面で運命に恵まれていた」柳伝志氏は自らをこのようにまとめている。彼はこの上場は夢への里程標であり、会社の準備段階から奮闘し続けた15年間の結晶であると考えている。個人的には、30年余のビジネスライフにおける結果でもある。


      この成功はハイテクが興隆する時代の利益を得たものであり、また民営企業家という自分にあった職業を選んだ結果であると柳伝志氏は語る。またレノボの周辺環境も成功の大きな要因であったと考えている。


      「レノボは肥沃なハイテクの土壌であり北京の中関村に発祥し、遥か未来を見通していた中国科学院が株主となった。政府の各部門のサポートにより、科学院は1984年から100%の資本を得ち、その後2度株を売却し、上場後の株券所有率は全体の29%となっている。これまでレノボは創業者、管理層、社員が主人公となり、彼らみんなが誠心誠意企業の発展に努力し、その労働の果実を分け合ってきた」


      この会で柳伝志氏は自らが育て上げた3人の社員を評価した。楊元慶氏はレノボグループの国際チームを率いてレノボをパソコン業界のトップへと導き、さらに新たな高みへと上ろうとしている。郭為氏は神州デジタルの社員を率い、スマートシティーという海で波に乗っており、朱立南氏はレノボホールディングスを率いて、新たな創業を行っている」


      馬雲氏「誰もが100年続く企業を作りたいと思うが、100年生きられる人はいない」


      泰山会の代表として搭乗した馬雲氏は、講演の中で、今回のパーティーを「企業の繁栄の時代」と称した。中国にはレノボのように30年の風雪に耐えてなお生き続ける企業は少ないと馬雲氏は発言する。アリババの創業から今に至る16年、馬雲氏は一日が1年のように長く感じているという。「もし西洋の創業が100メートル走だとすれば、中国のそれは100メートル障害競走であり、あるいは100メートルのハードル走と言えるかもしれない」 馬雲氏は優秀な企業家には心力、脳力、体力が必要であり、柳伝志氏はこの3つの長所を有しているという。「誰もが100年続く企業を作りたいと思っているが、100年生き続ける人はいない」。幸いレノボには楊元慶氏、郭為氏、朱立南氏などの素晴らしい後継者がおり、企業は継続することができるだろうと馬雲氏は語る。 柳伝志氏は中国企業家のモデルとも言うべき存在であり、自分のアイドルであると馬雲氏はいう。レノボの創業史である『基業長青』は企業経営の入門書である。中国経済におけるこの30年の改革開放は私たちに大きな富をもたらしたが、中国の柳伝志氏は世界のどんな実業界のゴッドファーザーにも負けないほどの存在であり、彼は中国企業界の宝であると馬雲氏は柳伝志氏を評価した。


      雷軍氏「レノボの450万ドルの投資がKingsoftを救った」


      雷軍氏は中関村の雄の一人であり、レノボホールディングスの上場はどの中関村の人にとってもひとつの里程標だと言うことができると語った。柳伝志氏の実業報国の使命感は、疑いもなく最高の愛国主義教育であるという。


      中関村の企業家の代表として雷軍氏とレノボの関係は深い。雷軍氏が28歳でKingsoftのCEOとなった時、様々な困難に直面し、会社を閉めようとすら考えたことがある。しかし1998年、レノボがKingsoftに450万ドルの投資を行ってくれたおかげで危機を脱することができた。「これは私本人とKingsoftにとっては物質的なサポートであっただけではなく、精神、思想での助けでもありました。だから私は柳伝志氏、楊元慶氏、朱立南氏などのレノボのコアとなる高級管理層に最高の感謝を表したいのです」


      王健林氏「レノボホールディングスが100年続く老舗になることを信じている」


      王健林氏は柳伝志氏、元招商銀行行長の馬蔚華氏、馬雲氏、中国企業家倶楽部創始者の劉東華氏などの人と一緒に中国企業家倶楽部を創設した過去を回顧する。10数年の間に中国企業家倶楽部では大きな会議を何十回と開催したが、特別な事情がない限りメンバーは全員参加している。これは理事長である楊伝志氏のカリスマ性と影響力によるものであり、また楊伝志氏は中国企業家グループの模範であると王健林氏は話す。


      王健林氏はレノボホールディングスが今回の上場を契機として百年の老舗となることを期待している。「100年続く老舗となるのは難しいことだが、私はレノボならこれを実現することができると信じている。柳伝志氏のこの数十年のひととなり、レノボの産業分野とその未来、キャッシュフローなどの各方面から考えて、レノボは100年の老舗になることができると私は思っているのだ」


      http://yn.winshang.com/news-499504.html


    2015.07.22

    株式下落のさなか、聚美優品が海外ブランド化粧品を大盤振る舞い 【中国ニュース 2015年7月20日 】


    • 7月7日朝、聚美優品(美容系共同購入サイト)が「世界の化粧品無料配布」のイベントを発表した。これは前回行われた無料で輸入菓子を配布するというイベントに続く、聚美優品の大サービスだ。無料サービスといわれれば、ネット利用者には抗い難い魅力だ。今回もみんなが争って申し込みをしたために、聚美優品のユーザー端末では一時障害が出てしまった。


      聚美優品の陳欧氏による今回の「成金」行為は多くのネットユーザーによって拡散され、たくさんの女性たちに心の中で「国民的旦那様」と呼ばれるようになった。残念ながらサーバーの力が足りず、陳欧氏はたくさんのネットユーザーの恨みを買ってしまったが、今回の宣伝は非常に成功しており、それは参考に値するものだと言えるだろう。


      陳欧氏は微博でこのように宣伝を行った。「彼氏は株式でお金を使い果たして、買い物三昧するお金がないだろう。大丈夫だ、私がいる。先週お菓子を配ったが、今回は無料で化粧品を配ろう。配布する時間は限られている世界の有名ブランドはたくさん用意した。素早く手続きすれば手に入れることができるはずだ。株式市場は不調だが、顔まで暗くなってはいけない。顔が明るくなれば株式市場もきっとよくなることだろう」。実際の出来事を取り入れて自分のイベントを宣伝するというこの手法は、実に巧妙だ。


      今回のことは、宣伝はよくできてたが、技術が追いつかなかった。もちろん最近のいくつかのイベントは成功を収めたが、私はユーザーエクスペリエンスの向上が聚美優品にとっての今後の課題だと思っている。


      http://www.chinaz.com/biz/2015/0707/420439.shtml


    2015.07.20
    1 2 3 4 8
    コラム一覧
    全てを見る