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2014.09.29
  • 現地のパートナーと協力し
    より良い情報を得ることが大切
  • 日本アジア投資(JAIC)日亜投資咨詢(上海)董事長
  • 永島 一広
アジアで活躍する企業に投資を行う日本アジア投資は、経済同友会を母体に設立された半官半民の組織、その中国代表が永島氏だ。20年を越えるアジアでの投資経験をもつ永島氏に語っていただいた。
  • 日亜投資咨詢(上海)有限公司
  • 住所 / 上海市虹橋路1438号 古北国際財富中心2期5楼02/05室
  • TEL / (021)6197-6238    FAX / (021)6197-6299 
  • URL / www.jaic-vc.co.jp

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■エンジニアリング会社から投資会社へ



永島氏が現在所属する日本アジア投資は、かつて経済同友会と海外経済協力基金が資本を出資する半官半民の会社であった。その名の通りアジアへの投資を業務としている。永島氏がこの会社に入ったのは1989年、転職での中途入社だった。
 もともと永島氏は海外で働きたいという願望があり、大学でも外国投資のゼミに所属していた。大学を卒業して入社したのは日揮の国際部、海外にプラントを作り大きなプロジェクトを進めるという会社だった。
 日揮では横浜での勤務だったが、中東やアフリカの石油関係者、アメリカのエンジニアリング会社などがチームを作って大型石油プラントを手がける国際プロジェクトに関わっていた。ナイジェリアでのプロジェクトでは内戦が始まってプロジェクトが止まってしまったこともあり、電話の向こうから銃声が聞こえてくることもあった。永島氏が初めて海外リスクに直面した瞬間だった。
 日本アジア投資に転職したのは日揮で4年勤めた後だった。円高不況が始まったこと、そして、文系出身ではやはりエンジニアリング会社である日揮で主体になることはできないということが転職を考えた原因の一つだった。そこでちょうど東南アジアでの投資事業を始めるために人材募集をかけていた日本アジア投資に入社した。

■アジア通貨危機をバンコクで体験



日本アジア投資に入社してからはしばらく国内で投資を学び、その後、タイ、韓国、シンガポール、そして中国の4か国に赴任している。いずれの地でも大きな金融危機などに見舞われながらも結果を出し続けてきた。
 初めての海外赴任は1996年、33歳の時のことだった。赴任先のバンコクではバブルからその崩壊までを経験することとなった。赴任したばかりの頃は好景気で不動産バブルの真っ最中であり、日本アジア投資はホテルへの投資などをいくつも行っていた。しかし翌年の1997年、タイバーツの急激な下落に始まるアジア金融危機がアジアを席巻する。
 不動産会社、証券会社、銀行が次々に倒産し、投資先も倒産した。永島氏たちはその処理に追われ、タイで初めての破産法も申請することになった。タイに破産裁判所ができるのはその2年後の事、法整備の整わない中での対応だった。

■リーマンショックの中で見せた中国の強さと副作用



バンコクの次の赴任地は韓国のソウルだ。ソウルはベンチャーの盛んな風土であり、良いパートナーがいたことが進出の動機となった。永島氏はここで事務所の立ち上げから担当し、初代の代表者となった。韓国では約50億円を投資、ベンチャー企業への投資という事で一つ一つの案件は1、2億円という小さな規模だが、良いパートナーに恵まれて順調にリターンを得ることができた。
 韓国の次にはシンガポールに向かう。ここでは中東のファンドを東南アジア、東アジアの各地に投資するという事業を行った。しかしシンガポールを訪れたのは2007年のこと、翌年にはリーマンショックが世界を襲う。世界中が混乱に陥った中、特異な姿を見せたのが中国だった。
 中国はこの時、4兆元を支出して景気対策を行うことでリーマンショックを持ちこたえ、さらに成長したのだ。中国の成長性は国の政策と力で保たれているということを実感した出来事だったと永島氏は語る。この4兆元で引き出された中国の成長力は確かに世界経済を牽引したが、その後遺症と副作用は今も続いている。

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