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2014.09.29
  • 日中協調の時代に向け
    新たな貢献を進めたい
  • 上海日本商工クラブ 理事長           三井住友海上火災保険 董事長 総経理
  • 伊藤 幸孝
2014年、新たに上海日本商工クラブの理事長についた伊藤氏は、1998年からの8年間、そして2012年から現在と10年にも及ぶ上海駐在経験をもつ人物だ。その伊藤氏に2度に渡る上海駐在経験、支店の立ち上げから現在に至るまで、そしてこれからの上海日本商工クラブの役割についてお話をうかがった。
  • 上海日本商工クラブ/三井住友海上火災保険(中国)有限公司
  • 住所 / 上海市延安西路2201号 国際貿易中心大厦2702室/上海市世紀大道100号 上海環球金融中心34-T70
  • TEL / (021)6275-2001/(021)6877-7800    FAX / (021)6270-1579/(021)6877-6066 
  • URL / www.jpcic-sh.org/www.ms-ins.com.cn

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■顧客にグローバルビジネスの楽しさを教わる



伊藤氏は1983年に慶應義塾大学を卒業し、大正海上火災保険(現三井住友海上保険)に入社した。
 入社後、大阪の企業営業部に配属された伊藤氏は、3年目から大手電機メーカーを担当する。ここでグローバルなビジネスの面白さを感じた伊藤氏は上司に希望を出し、国際業務部に配属される。これが伊藤氏の海外事業への第一歩となった。
 国際業務部に配属されて3年目の1991年に中国語留学の辞令が出た。海外といえば欧米を思い描いていた当時の伊藤氏にとって、台湾・中国行きは思いもよらないことであった。語学研修は前半8か月が台湾、後半2か月が北京だった。北京に赴いたのは冬、そこは雪の白と土の茶色、煤すすの黒で構成されたもの寂しい光景だった。上海へ旅行も経験したが、まだ発展途上で延安路高架もできておらず、夜は真っ暗という状況であり、当時赴任を考えることは難しかった。

■1998年から8年間、上海へ赴任する



留学が終わってからは本社企業営業部に戻り、大手エレクトロニクスメーカーのグローバルインシュアランスプログラム導入を担当した。これは海外に進出する日系企業の保険を一括管理するというもので、全世界を統括するプログラムのことをいう。今ではグローバル企業の多くがこのプログラムを採用しているが、当時は日本がグローバル化に向けて動き出したばかりの時代であり、同社への導入が日本で初めてのものだった。
 その後の1998年に伊藤氏は上海事務所首席代表として上海に赴任する。その時の中国は1991年当時の暗いイメージがかなり払拭されていた。しかし97年のアジア通貨危機がアジア全体に広がった時期で、上海のオフィスビルの入居率は平均4割まで下がり、日本企業の撤退が進んでいる厳しい時期だった。

■奮闘し上海支店を立ち上げる



三井住友海上火災保険は1993年から上海に事務所を開設している。2代目の首席代表となった伊藤氏のミッションは2つ。外資への損害保険営業免許の開放が行われ始めた時期だったのでその免許取得と、中国に進出する日系企業への保険関係のアレンジだった。
 やがて2000年に保険免許は下り、2001年には上海支店を立ち上げることができた。支店が立ち上がった2000年代初めは日系企業が毎日2社ほども進出してくるというような好景気で、中国が「世界の工場」へと向かう追い風が吹いていた時代である。
 中国では1980年代に至るまで保険会社は国営企業である中国人民保険集団(PICC)の独占状態であり、保険会社での勤務経験がある人材は少なく、経験者にしても中国と日本では仕事のやり方が異なる部分があり、教育には苦労した。業界を全く経験したことのないスタッフを雇い入れ、複数部門の人材教育をするという貴重な経験ができた支店設立期であった。
 伊藤氏は支店の立ち上げもあり8年という長期にわたり上海に駐在した。その駐在期間も2006年で終了し、日本に帰任する。日本を離れ、異国で立ち上げから会社全体の経営や運営をするかけがえのない経験を積んだ8年間だったと、伊藤氏は当時を振り返る。

■インド、アジアの広域を担当



三井住友海上火災保険では海外業務を「3極+1」という形で管理している。3極は欧州、米州、ASEANで、プラスワンが東アジア・インド本部となる。伊藤氏は帰任後、この東アジア・インド本部での仕事に従事し、インド、オセアニア、中国、韓国などを管轄した。歴史があり安定している3極は現場に本部があるが、新しいエリアである東アジア・インド本部は本社に本部が置かれている。伊藤氏は中国現地法人の役員も兼ねていたが、他の国のオペレーションを学習して、2012年からは再度上海に赴任、現在に至っている。

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